起こるような気がして、気が気ではありませんでした。
 次の朝、いつもの通り壊《く》い穴のそばでボクさんを待っていましたが、六時がすぎてもとうとうやって来ません。
 その日は、半日ぼんやりして、なにも手につきませんでした。
 夜になってから、塀のそばへ行って、お隣りの二階のほうを見上げますと、どこもここもすっかり鎧扉《よろいど》がとざされて、灯影《ほかげ》ひとつ洩《も》れて来ません。
 ふだんなら、すぐ、しっかりした考えが浮んでくるのに、今度は気がうわずるばかりで、なにひとつ考えをまとめることができませんの。
(明日《あす》こそは、きっと来る!)
 そんなふうに、じぶんを慰めながら、しおしおと帰って来ました。
 でも、その次の日も、とうとう、ボクさんはやって来ませんでした。
 その次の日も、次の日も……。
(きっと、病気なのにちがいないわ。もし、そうだったら……)
 淋しがっているだろうと、お隣りの門のところまで駆けて行くのですが、そんなことをしたら、ボクさんが困るだろうと思って、ようやくの思いで、がまんするのです。その辛さといったらありませんでしたわ。
 五日目の朝、とうとうたまりかね
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