うな大きな波がやってきて舵《かじ》を持って行ってしまいます。
 難船だ! 難船だ!
 悪い時は悪いもので、こんどは向うから妙な恰好をした船がやってくる。一|艘《そう》、二艘、三艘……それが、みな海賊船なんです。
 轟然《ごうぜん》、一発! 弾丸《たま》があたって、折れた檣《はしら》がえらい音たててドスンと甲板の上へ落ちてくる。ベカッスさんは決心をします。たちまち響く戦闘開始の号音喇叭《クレーロン》!
 ……ちょうどここで六時十分前になる。惜《お》しいところで、またこの次にしなくてはならない。戦争は、明日《あす》にならなければ始まりません。

     四
 こんなふうに、あわただしい土塀のそばでの待ち合わせが、一週間ほどつづいたある日の午後、あたしが花壇のそばの小径《こみち》を歩いていますと、開け放したお隣りの二階の窓から、男と女がはげしく言い争う声がきこえて来ました。
 どちらも、ひどく激昂して、なにかしきりにいい合っていましたが、そのうちに、門の扉《と》がひどい音を立てて閉《し》まる音がし、それっきりひっそりとなってしまいました。
 あたしは、ボクさんの身の上に、なにか困ったことが
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