しさに、じっと耐えてゆこうとする健気《けなげ》なそぶりを見ると、あたしは、ボクさんがいじらしくて、かあいそうで、あの小さな友達のためなら、どんなことでも厭《いと》わないような気になりますの。じぶんでもおかしいほど夢中になって、まだいちども経験したことのないような、胸を締めつけられるような奇妙な感情の中へ溺れこんでしまうのです。

 ここまで書いたところで、槇子《まきこ》さんから電話がかかって来ましたの。別にたいしたことではありません。お夕食のお招《まね》きよ。でも、それは明日《あす》のことですから、休まずに続けますわ。
 ……そんなふうにして、ジリジリしながら待っているうちに、ようやく時計が半《はん》をうちます。あたしは、ナプキンの包みをさげて、お勝手を飛び出し、土塀のところまで走っていって壊《く》い穴のそばへ坐ります。
 間もなく、桃葉珊瑚《ておきば》の繁みの向うからピジャマを着たボクさんが鉄砲玉のように駆けて来ます。
 穴から這い込んでくると、あたしの胸に、山羊のように、むやみに頭をおっつけたり、草の上にあおのけに寝ころんで足をバタバタさせたり、さんざんにあばれるのです。あたしも負
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