》しい生活を五年も辛抱していらしたのですが、そのころ、久世氏はひとりの女性に出逢いました。格別美しいというのでもなく、ただ善良というだけのひとだったそうですが、久世氏は家庭を出てそのひととよそで同棲してしまいました。
 利江子夫人は、侮辱を感じて離婚の訴訟を起こし、たいへんな金高《かねだか》の慰謝料を請求しましたが久世氏は、夫人のいままでの不始末を楯《たて》にとって、手ひどくそれをはねつけました。夫人の側には、久世氏の主張がとおるに足るほどの不利な材料があったので、和解不成立のまま、あとは、そちらで、と却下されてしまいました。
 利江子夫人は、かんしゃくを起こして、そのしかえしに人質《ひとじち》のようにボクさんを取りあげて田舎へ隠し、次々と居どころをかえて、久世氏が手も足も出ないようにしてしまったのです。……
 お兄さま。あなたはどうお考えになりますか。こういう醜い大人の争いのために、人なつこい、温順な魂がムザムザ犠牲にされていいものなのでしょうか。
 ボクさんは、じぶんが、どんなひどい事情の中に生きているのか、ちゃんと知っています。小さな心では、とても処理し切れないようないろいろな悲
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