う攻め落としてしまったのです。
 波動力学の計算ならば、だれよりも正確にやってのけるという久世氏なんですが、家庭設計の基礎算出のほうはあまりお上手ではなかったと見えます。
 それこそ、ちょうど火と水ほども性格のちがうご夫婦だったのです。久世氏のほうは、すこし一徹なところのある、ちょっと例のないほど几帳面な、腹の底からの技術家《メカニシアン》で、朝の珈琲《コオフイ》から夜のパイプの時間まで、紙型にとったようにキチンと割り切ってあるというふうなのに、利江子夫人のほうは、時間観念欠乏症《インパンクチュアリスト》の代表のような方で、自分の下着の始末さえ満足にできないようなとりとめのない性質なのです。
 ひる近くまで、ぐったりと寝台の中に沈んでいて、夕方になると、急に生々《いきいき》して男のお友達を大勢誘って遊びに出かける。「毎晩、どこかで音楽会があって、むかしのつきあいで、どうにも断わり切れないのよ」というのですって。
 久世氏は事務所から帰ると、女中の給仕で、ひとりで味気のない食事をなさらなければなりません。でも、沈着なかたですし、その時、もうボクさんも生まれていたので、こんな忌々《いまいま
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