り、小鳥がチチと鳴きだす。やっと四時半。まだ、三十分もあります。この三十分が経つのを、あたしは、痩せるような思いで待っています。……
お兄さま。これは、鎮子姉さまからうかがったのですけど、世間では、たしかに、利江子夫人のほうがすこしひどすぎるといっているそうです。
ボクさんのお父さまは、学者肌の緻密な頭を持ったひとで、光学の精密器械をつくる大きな製作所を持っていらっしゃるんですって。
鎮子姉さまのいい方を借りますと、やはり、機縁とでもいうのでしょうか。音楽などで、じぶんの頭をうっとりさせる必要のない久世《くぜ》氏が、お友達に誘われて偶然利江子さんの独奏会《レシタル》へゆき、いっぺんで利江子さんを好きになってしまったのです。誘ったほうが、飽気《あっけ》にとられる始末だったんですって。
ところが、もうそのころ、利江子さんの身辺によくない噂が霧のように立ち迷っていたので、そのお友達は責任を感じて、加勢を募《つの》ってできるだけ反対しましたが、久世氏はどうしてもききいれない。このひとがと思われるような熱狂のしかたで、花束を持って、毎日のように利江子さんを訪問して、二ヵ月足らずでとうと
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