? ところで、吃驚《びっくり》されるのは、まだ早いのですよ。
 きのうの朝、あたしがお部屋で本を読んでいますと、花壇のほうで草でも苅《か》るような音がしますので、見てみますと、お父さまが朝吉と二人で、花壇の花を鎌《かま》で苅っていらっしゃるのです。あんなにも丹精なすって、五年目にようやく花を咲かせた、あの竜舌蘭《アローエス》を!
 こんなことって、あるもんでしょうか!
 お夕食の時、あたし、思い切っておたずねして見ましたの。
 すると、お父さまは、
「お隣りのかたが、塀の上からチラチラ花がのぞいて気障《きざわ》りだといわれるんで、それで、苅ってしまったのだ」
 と、おっしゃいますの。
 隆男《たかお》兄さまも、勇夫《いさお》兄さまも、晶子《あきこ》姉さまも、鎮子《しずこ》姉さまも、(もちろん、あたしもよ!)呆気《あっけ》にとられて、へえ、と顔を見合わせるばかりでした。
 お父さまのなすったことですから、だれも異議は唱えませんでしたが、勇夫兄さまだけは、黙っていたくなかったと見えて、
「外国には|植物嫌い《デンドロフオーブ》というマニアがいるそうだが、お隣りも大体それに近いんだな」
 と
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