名な離婚裁判を起こしたことのあるピアニストなんですって。
 ところで、この新しい隣人は、たいへんに横暴なの。こういっていけなければ、たいへんに我ままです。越してきてからまだ十日にもならないのに、葉書で、(それが、いつも速達なの!)いろいろな苦情を申し込んで来ます。
 最初は、ブリキを引っかくような音が耳についてしようがないからなんとかしてくれ、と書いてよこしました。
 ブリキを引っかくような音! ……お父さまが宮内《くない》省からいただいた、あの愛想のいい、『孔雀氏《ムッシュウ・ド・パン》』の啼《なき》声のことなのです。(ほんとうに、失敬ね!)
 でも、ああいうお父さまのことですから、葉書をごらんになると、その日のうちに、朝吉《あさきち》に持たせて木戸さまへ返しておしまいになりました。
 お兄さま。
 あなたが、戦地から帰っていらしても、あんなに可愛がっていらした孔雀氏《くじゃくし》を、もう、この庭でごらんになることはできないのですよ。
 これですむのかと思ったら、こんどは厩《うまや》です。蠅が来てたまらないから、厩を田舎へでも移していただきたい。
 ブラヴォ! すこし、お驚きになって
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