うのは、たしかに、趣味のいいことにちがいありません。
あたしは、胸の底から憤《いきどお》りの情がこみあげて来て、じっと坐っていられないような気持になって、思わず長椅子から立ちあがろうとしますと、少年は、ビクッと身体を顫《ふる》わせて、
「もう、お帰りになりますの?……ボクの話、たいくつなのね?……ボク、面白い話をしますから、もうすこしいてちょうだい。きっと、面白い話をしますから……」
急いで話を探し出そうと、あわてふためきながら、しどろもどろな声で、
「……あのね、……それは、ええと、……油絵の帆前船《ほまえせん》なんですけど、絵かきが、ボートを描《か》くことを忘れたもんだから、船が港へはいるたびに、船長さんは、陸《おか》まで泳がなくてはならないというの。……なにしろ、波だって碌《ろく》に描《か》けていないんだから、なかなか楽じゃないって……。どうこの話、面白い?」
あたしの鼻の奥を、なにか、えがらっぽいものがツンと刺します。あたしは、あわてて手を拍《う》ちながら、せい一杯の笑い声をあげました。
「ほんとに、楽じゃない、そんなふうなら! 陸《おか》へあがると、船長さんは絵具だらけになっているにちがいないわね、まあ、なんて面白いんでしょう!」
少年は、大きなためいきをついて、
「よかった、ボク。……では、まだ、遊んでいってくれますね」
「ええ、いつまででも!」
少年は、うれしそうにコックリすると、急に、物々《ものもの》しいほどの真面目な顔つきになって、
「お嬢さん、ボク、お願いがあるんですけど」
「ええ、どんなこと?」
「ボクに、お菓子のつくりかたを教えて、ちょうだい。ボク、絵だけはたくさん切り抜いてあるんですけど、どんなふうにしてこしらえるんだかわからないの」
といいながら、ポケットから小さな切抜帳《スクラップ・ブック》を取りだしてひろげて見せました。
切抜帳《きりぬきちょう》の中には、料理の本から切り抜いた青や赤や黄いろや白の、色とりどりに彩色された、原色版の美しいお菓子の絵がいくつもいくつも貼《は》りつけてありました。
少年は、うっとりと、それを眺めながら、
「ボク、じぶんで、こんなお菓子がつくれたらどんなにいいかと思いますの。時間がつぶせますし、それに、衛生的ですものね。……ボク、いちどお砂糖とメリケン粉を交ぜて喰べて見たの。でもどうしても、お菓子のようではないの」
あたしは、この少年がかわいそうでたまらなくなって、やるせなくなって、思わず、大きな声で怒鳴ってしまいました。
「そんなことなら、わけはありませんわ、お坊ちゃん!」
「あなた、ごじぶんで、お菓子、おつくりになれますの?」
「ええ、どんなものでも!……なにがいいかしら?」
「ボクが、じぶんでつくれるような、やさしくて、美味《おい》しいもの」
「では、捏粉菓子《ブリオーシュ》がいいわ」
少年は、椅子から躍《おど》りあがって、
「あの、捏粉菓子《ブリオーシュ》……、あの、ブリオーシュ……。こんなふうになって、…… 上にザラメのかかった?」
「ええ、そうよ!」
「ああ、思い出した! パパがいたとき、ボク、一度食べたことがある!」
「乾葡萄《ほしぶどう》もいれましょうね」
「ああ、乾葡萄まで!」
「よろしかったら、胡桃《くるみ》もいれましょう」
「それ、ボク、食べるのね!」
「ええ、そうよ、お坊ちゃん。あなたが召しあがるのよ」
「ああ、ボク、ボク……」
少年は、もう、どうしていいかわからないといったふうに、長椅子の上をコロコロと転げ廻るのです。
「さあ、すぐ始めましょう。お料理場へ連れて行ってちょうだい。それから、あなたもお手伝いなさいね。あとで、ごじぶんでつくれるように」
料理場は長い廊下の端にありました。ひと目見ただけでこの邸《やしき》で、どんな放埓《ほうらつ》な生活が送られていたかわかります。酒瓶や鑵詰の空鑵がいたるところに投げ出されてあって、開け放しになった冷蔵庫の中で、牛乳が腐って、ひどい臭《にお》いをたてていました。
あたしは、テンピの中と調理台の上を手早く掃除すると、少年に白い割烹着《かっぽうぎ》を着せ、ハンカチでコックさんの帽子をつくって冠《かぶ》せてやりました。少年は、夢中になって、広い料理場の中を酔ったようによろめき歩くのでした。
あたしが、厳《いかめ》しい声で命令します。
「コックさん、メリケン粉をください」
すると、少年は、えッちらおッちら食器棚へよじのぼってメリケン粉の鑵をとりおろし、勿体《もったい》ぶったようすで、それをあたしに渡します。
「はい、メリケン粉」
「その次は、お砂糖」
「はい、これがお砂糖」
「牛酪《バタ》を少々」
「はい、牛酪《バタ》。……牛酪《バタ》は少々古いです。かまいませんねえ」
「……がま
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