は、女の子のような、小さい美しい手をおずおずとあたしの腕に搦《から》ませて、縋《すが》りつくような眼つきで見あげながら、
「……おいそがしく……ありませんでしたら、……どうぞ、遊んでいらして、ちょうだい。……でも、……あなた、ボクのような子供と遊ぶの、つまらないかしら」
「まるっきり、反対よ、お坊っちゃん。……でも、だまってお邪魔したりして、お母さまに、叱られはしないかしら」
 少年は、腕にかけた手に、せい一杯に力をいれて、
「だいじょうぶ! ママは『リラ・ブランさん』といっしょですから、あすでなければ帰って来ないの。……リラ・ブランさんというのはね、ママのお友達で、ヴァイオリンを奏くひとなの。……お酒に酔うと、いつも、『リラ・ブラン』という歌をうたうの。そして、お前なんか見たくない。あっちへ行け、小僧! っていうの。……パパも、むかし、そうだったけど……」
 少年は、熱にうかされたように、口をおかずにしゃべりつづけながら、グイグイと手をひいてピアノが置いてある大きな部屋につれ込むと、あたしを長椅子の上に押しつけ、じぶんもチョコンと並んで坐って、
「ぼく、ほんとうに、うれしいの!……ボク、これで、まる三日もひとりきりでしたから」
 おどろいて、あたしが、たずねました。
「ひとり、って、女中《ねえ》やさんもいないの?」
「ええ、誰れもいませんの。ボクひとり。……ママは女中《ねえ》やを置くのきらいなんです」
「ねえやさんもいないとしたら、あなた、御飯なんか、どうなさるの」
 少年は、なんだそんなこと、というふうに、
「ママが、麺麭《パン》を置いてってくれますから、だいじょうぶ。……でも、ママ、時々ボクのことを忘れて、二日も三日も帰って来ないことがありますの。すると、ボク、とても困るの、お腹《なか》がすいて。……でも、もう、馴れているから平気です。そんな時は、動かないで、じっとしているの。こんなふうに、息をつめて……」
 なるほど! たいしたもんですわね!
 こういうのが欧羅巴《ヨーロッパ》ふうなんだと、自慢らしく公言してはばからないという、傍若夫人の奇抜な利己説《エゴイズム》は、世間では有名すぎて、もう古典になりかけているのだそうですが、なるほど、評判だけのことはあるようですわ! 子供には黴《かび》のはえた麺麭《パン》をあてがっておいて、じぶんは毎日遊び狂ってあるくとい
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