る。元気な時は、挨拶をして、そのまま泳ぎ抜けて行くが、時には、十分ほど筏に片手をかけて息を入れて、それからまた岸へ向って泳いでゆくこともある。
「|有難う、お嬢さん《サンキュー・リットル・ウィメン》」
 普通の挨拶のほかに、ヘップバーンが出てくる映画の『若草物語』の原作、オルコット夫人の有名な小説『四人姉妹《リットル・ウィメン》』にかけているのらしい。
 なるほど、うまくいったもんだ。そういえば、もの静かな、すんなりした白い手がご自慢の長女のメグは詩人の芳衛さんに当るし、色が浅黒くて、きりっと身体のしまった男の子のようなジョーはいうまでもなく鮎子さん。内気《うちき》で音楽好きのベスは、陽気なピロちゃん。お姫様のように上品で、絵の好きな末娘のエーミーはトクべえさん。……まるで、ご註文のように、キチンとあてはまる
 ところで、ピロちゃんも、鮎子さんも、トクさんも、(リットル)といわれることをあまり感じよく思っていない。
「あたしたちは、もうウィメンなんだぞ。ちゃんと一人前に扱ってくれえ」
 絵の上手なトクさんが、ふんがいして、いった。
「あたしたちは、すくなくとも(リットル)なんかじゃない
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