い。すっかりこんがらかってしまって、そばへ来たやつを、誰かれかまわずとっ捕《つか》まえては沈めにかける。
 誰も彼もみな、眼が塩ッ辛くなって、シバシバして開けていられない。咽喉《のど》の奥がからからになって、鼻の中がツンツンする。
 そこで、休戦ということになる。筏につかまって、みなゲエゲエやる。いろんな苦情が起こる。
 男の子の鮎子さんが、黒いお嬢さんをつかまえて、
「あんた、さっき、あたしの背中を拳骨でゴツンとやった」
 と、抗議を申し込んでいる。
 お嬢さんのほうも負けていない。
「あんたは、あたしの顎をいやというほど蹴っ飛ばしたわ」
 と、やりかえす。
 こちらでは、陽気なピロちゃんが、筏につかまったまま、絵の上手なトクさんと足で蹴合《けあ》いをしている。詩人の芳衛さんが、ニコニコ笑いながら、上品な傍観者の態度をとる。鮎子さんの背中をゴツンとやったのは、じつは芳衛さんなんだ。
 遠い沖のほうから、ピカピカ光る金髪が、平泳《ブレスト》でゆっくりこちらへ泳いで来る。
 毎朝、時間をきめて泳いでいるのだとみえて、たいてい昼すこし前に、沖から戻って来て、
「|お早よう《グッド・モオニン
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