う》のカノオが、ゆっくりゆっくり漕ぎ廻っている。
 腹いっぱいに空気を詰め込んだゴムの象や麒麟《きりん》や虎。そのひとつずつに五六人のお嬢さんが取っついて、ここでも沈めっこをしている。
 沖のほうでは、クロールが白い飛沫《ひまつ》をあげる。濡れた肘《ひじ》に陽の光りが反射してキラキラ光る。
 波の上に、のんきに浮いている泳ぎ自慢のお嬢さんたち。薄桃色やグウズべリー色の海水着が水蓮の花のように押しあげられたり見えなくなったりする。
 ゆるいうねりが来て、浮筏《ラドオ》がガクンと大きく首をふる。
 筏の上では、男の子の鮎子さんが、蟇《ひきがえる》のように筏にしがみついて頑張りつづけている。
 敵のほうは鮎子さんを引きずり降ろそうというので、水の底を潜《もぐ》ったり、バシャバシャ波を立てたりしながら、えらい勢いで攻め寄せてくる。
 味方の軍勢は、それを押しのけたり、沈めたり、蹴っ飛ばしたり、たいへんな奮戦ぶりだ。
 鮎子さんが、金切り声をあげて、筏の上から指揮をする。
「トクべえさん、あんたの足ンとこへ、真っ黒いのが潜《くぐ》って来たぞォ。蹴っ飛ばせえ、やッつけっちまえ」
 もう敵も味方もな
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