いようにして置くためだともとれるわ。……それから、もうひとつ。……この要塞地帯で、わざわざ目立つようなことをするのは、そのゆえに、逆にひとの注意をそらそうとする意図なのじゃないかしら」
 いつの間にか、三人は椅子から離れて、キャラコさんの足下《あしもと》の床へ坐り込んでしまった。
「そうだとすると、たいへんなことになって来たな。すると、つまり……」
 そこまでいって、急に口を噤《つぐ》んでみなの顔を眺めわたした。その心は、すぐ、みなに通じた。しかし、誰もそのあとを続ける気にはなれなかった。この思いつきは、馬鹿ばかしいようでもあり、恐ろしいようでもあった。
 みな、急に声が低くなって、額《ひたい》をあつめて、ごしゃごしゃと話し合っているところへ、芳衛さんが、細かい花模様のある、提灯《ちょうちん》のように裾のひらいたオーガンジの服を着て、気取ったようすで入って来た。
 馬鹿ねえ、といいながら、まっ直ぐに黒板のほうへ歩いて行って、その上の字を拭き消すと、いつもとちがった、ひどくつきつめたような顔で皆のほうへ戻って来て、床の上へ坐り込みながら、囁《ささや》くような声で、いった。
「諸君、たいへ
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