子扉《ケースメント》のところへ行って海の上を眺める。が、浮筏《ラドオ》の上には誰もいない。白ペンキ塗りの筏が、酔っ払いのようにゆらゆらと体をゆすっているばかり。
 そこで、渚のほうに眼鏡を向けて見る。
 どぎつい色彩がいっぺんに眼に飛びついて来る。
 ようやく見つけた。……派手な海岸日傘《ビーチ・パラソル》の列からすこし離れた、浜大蒜《はまにんにく》の中で鮎子さんとトクさんと、ピロちゃんが胡坐《あぐら》をかいて、むずかしい顔で何か話をしている。どうしたのか、芳衛さんの姿だけが見えない。
 鮎子さんが、口を尖《とが》らせて何かしゃべっている。ピロちゃんとトクさんが、ひどく仔細らしい顔つきで、いちいちそれにうなずいている。
 キャラコさんが、つぶやく。
「あたしの予想通りだった。やはり、何か変わったことがあったんだわ。……いったい、何があったのかしら」
 キャラコさんは、すこし不安になる。帰るまで待っていられないような気がして、女中の菊やに迎いに行ってもらった。
 三人は、すぐ、やって来た。
 やって来るにはやって来たが、ひどく元気のないようすをしている。ふだんなら、犬ころのように飛びつい
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