に、ひどい飛沫《しぶき》をあげて泳いでいる。
 クロールともつかず、横泳ぎともつかず、ひどく出鱈目に手足を動かし、それも、急《せ》っ込んだり、のろくなったり、たいへんに不規則で、見ようによれば、ふざけているともとれるのである。
 そんなふうにして、浮筏《ラドオ》から三十|間《けん》ばかりのところまで近づいて来た。
 ところで、そこまで来ると、またすこしようすが変わって来た。眠りかけているひとのような、ぼんやりとした表情で、ものぐさくのろのろと水をかいている。時々、まったく腕の運動が休止して、ガブリと水の中へ沈み込むと、またあわてたように忙がしく手足を動かす。が、それも瞬時のことで、すぐ運動が緩慢《かんまん》になり、がぶッと水の中に潜《もぐ》ってしまう。そして、この、がぶッがだんだん頻繁になる。
 芳衛さんが、顫《ふる》えを帯びた低い声で、いった。
「ふざけてるのかしら」
 誰も、返事をしない。
 みな、吸い取るような眼付きで、ローリーさんの不思議な運動を眺めている。
 鮎子さんが、しっかりした声を、だす。
「ローリーさん、溺《おぼ》れかけているんだ」
 三人の背筋を、何か冷たいものが、
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