。要するに、あれは一|艘《そう》のヨットでしかない。毎朝、きまった時間にやって来て、きまったところに停まっているヨットに過ぎない。……それが、どうしたというんです? 放ってお置きなさい。やりたいようにやらせようじゃないか。どっちみち、われわれには関係のないことです、エヘン」
これには、みな、噴《ふ》きだしてしまう。
あまり腹の皮を捩《よじ》ったので、ヨットのことなど忘れてしまう。
三人のうちで、いちばんこだわっていた鮎子さんが、まっ先にザブンと水の中に飛び込んで、クロールで浮筏《ラドオ》のほうへ泳いで行く。
「やったな!」
一斉に水の中に飛び込む。すさまじい競泳になる。
陽気なピロちゃんが、鮎子さんの腹の下を潜《くぐ》り抜けて、筏のすぐそばで海豹《あざらし》のようにひょっくりと顔を出す。間髪をいれずにえらい水飛沫《みずしぶき》をあげながら、鮎子さんとトクさんが到着する。芳衛さんだけは途中で棄権して、ゆっくりと平泳《ブレスト》で泳いで来る。
筏のまわりに、今日は一人も女の子がいない。浜じゅうのお嬢さんたちは、四人の青年隊《ユーゲント》に手ひどく沈めにかけられ、すっかり懲《こ》
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