いけないんだ。ゆっくり持ってこう、ゆっくりね。……筏にのっけたら、あとは、岸まで筏を押していけばいいんだから、わけはないや」
 手足を持って四人で泳ぎだす。みな元気になる。陽気なピロちゃんが、頓狂な声をだす。
「でも、ずいぶん、でっかいなァ。……大《だい》人命救助だぜ、これァ」
 みな、ぷッとふき出す。
 ローリーさんを筏に押しあげるのがひと苦労。筏の鎖をはずすのでまたひと騒動。しかし、どうにか、それもうまくゆく。ローリーさんは、長い手足を筏からはみ出させ、筏の上に頬をつけて、ぐったりと眼をつむっている。
 四人の青年隊《ユーゲント》は、
「え※[#小書き片仮名ン、252−上−15]やサ、え※[#小書き片仮名ン、252−上−15]やサ」
 と、勇ましく掛け声かけながら、筏を押して岸のほうへ泳ぎ出した。

     三
 キャラコさんが、やって来た。
 ひとつずつ部屋をのぞく。
 女中もいれないで四人だけの『神聖の間《ま》』になっている海に向いたサンルームの扉をあけてみたが、ここにも誰もいない。
 ところで、思いがけなくどの部屋もキチンと片づいているので、これにはキャラコさんもびっくりしてしまう。
 毎年の例ならば、寝間着とラケットが同居したり、鞄《かばん》がひっくり返ったり、戦場のような騒ぎになってるのに、見ると、いろいろな遊戯《ゲーム》の道具は、みな、ちゃんと棚の上に片づけられ、ラケットは袋に納められて釘にかかり、靴やサンダルは爪先をそろえてズラリと窓際へ並べられてある。床はきれいに掃《は》かれているし、花瓶の水もまだ新しい。まるで、兵舎の舎室のような整然たるようすをしている。
 キャラコさんが、笑いだす。
「おやおや、たいへんだ。どうしたというのかしら……」
 ふと見ると、毎日の献立《こんだて》を予告する黒板に、大きな字で、こんなことが書きつけてある。

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メグ『虚栄の市《いち》』へ行く
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『メグ、虚栄の市へ行く』というのは『四人姉妹《リットル・ウィメン》』の第九章の小標題《こみだし》だが、しかし、これが何を意味するのか一向わからない。
「何のつもりで、こんなことを書きつけてあるのかしら。……きっと、また、何かあったのにちがいないわ。……ほんとに、手に負えないひとたちだこと」
 釘にかかっていた望遠鏡をはずすと、硝
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