に、ひどい飛沫《しぶき》をあげて泳いでいる。
クロールともつかず、横泳ぎともつかず、ひどく出鱈目に手足を動かし、それも、急《せ》っ込んだり、のろくなったり、たいへんに不規則で、見ようによれば、ふざけているともとれるのである。
そんなふうにして、浮筏《ラドオ》から三十|間《けん》ばかりのところまで近づいて来た。
ところで、そこまで来ると、またすこしようすが変わって来た。眠りかけているひとのような、ぼんやりとした表情で、ものぐさくのろのろと水をかいている。時々、まったく腕の運動が休止して、ガブリと水の中へ沈み込むと、またあわてたように忙がしく手足を動かす。が、それも瞬時のことで、すぐ運動が緩慢《かんまん》になり、がぶッと水の中に潜《もぐ》ってしまう。そして、この、がぶッがだんだん頻繁になる。
芳衛さんが、顫《ふる》えを帯びた低い声で、いった。
「ふざけてるのかしら」
誰も、返事をしない。
みな、吸い取るような眼付きで、ローリーさんの不思議な運動を眺めている。
鮎子さんが、しっかりした声を、だす。
「ローリーさん、溺《おぼ》れかけているんだ」
三人の背筋を、何か冷たいものが、すッと走る。チラチラと互いの顔を見かわす。みんな蒼い顔をしている。三人の眸《ひとみ》が、たがいに、どうしよう、どうしよう、といっている。
鮎子さんは、両手で膝をかかえながら、
「……どうしたんだろうな、腓返《こむらがえ》しでもしたのかなァ」
と、ひとりごとみたいにつぶやいていたが、だしぬけに、ザブンと水の中へ飛び込むと、鮮やかなクロールでローリーさんのほうへ泳いで行く。
これで、三人も決心がつく。間《ま》をおかずに、すぐボチャン、ボチャンと飛び込む。
三人が行きついた時には、ローリーさんは、もう浮きあがる力がなくなって、水の表面から三尺ほど下のところで、俯伏《うつぶ》せになったままゆらゆらと不気味にゆれていた。
鮎子さんが、三人のほうへふりかえる。
「あたし、いま、引っぱりあげてくるからね、手足をつかまえて、みんなで筏《いかだ》ンとこまで持って行こうよ」
白い蹠《あしうら》をヒラヒラさせながら、いったん、ずっと深くもぐって、両手で下からローリーさんの腹を押しあげるようにして浮いてきた。顔じゅう、水だらけにしながら、
「大丈夫だよ。まだ、死んでやしない。……狼狽《あわて》ちゃ
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