、キャラコさんは、あわてて兜《かぶと》をぬぐ。
「あたしのために、女性全体に迷惑をかけては申し訳がないわ。あたしだけは、特別なんだと思って、ちょうだい」
 緋娑子さんは、芝居がかった仕方で、西洋人のように肩をピクンとさせる。
「あたしもよ。……あたしも、きょう、あなたの古くさい観念論をうかがいに来たわけではないの。悦二郎や中橋とあたしの関係に、キッパリした結末をつけるために、あなたに、是非《ぜひ》一役買っていただこうと思って、それでやって、来たわけ」
 中橋というのは、叔母の沼間《ぬま》夫人の実家《さと》で、悦二郎氏はその家の三男である。
 伯父の秋作などの同期生だが、すこしばかり変人で、日本の野鳥の研究に没頭し、渡《わた》りや繁殖の状態を調べるために、春は富士の裾野《すその》、夏は蓼科《たでしな》という工合に、年じゅう小鳥のあとばかり追っかけてあるいている。
 二年ほど前に、軽井沢の落葉松《からまつ》の林の中でゆくりなく出逢ってから、どちらも急に好きになった。この結婚には、双方の家に異存がなかったので、いわゆる『半公式』のかたちになっていた。
「……たいして愛してもいないくせに、悦二
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