郎に深入りさせたのは、もちろん、あたしのあやまちにちがいありませんけれど、それは、あのころ、あたしの精神が稀薄《きはく》だったためで、どうにも止むを得なかったの。……好きでなければ結婚できないなんて無邪気なことはかんがえていませんけど、あたしにこんな転換が来てしまった以上、生活感情も生活態度もまるっきりちがうひとと結婚するなんてことは、どうしても考えられないから、この春、そのことをはっきりと悦二郎にうちあけましたの。……そのほうはよくわかってくれたけど、あたしがやった手紙は、なにかセンチメンタルなことをいって、どうしても返してくれないの」
「……でも、手紙ぐらい残しておいてはいけないの」
「くだらないと思うかも知れないけど、無意味にそんなものにこだわっているわけではないのよ。……あたし、ごく最近、劇団のあるひとと結婚するつもりなの。……だから、なにもかも、はっきり清算しておきたいの」
そういって、眼に見えないくらい顔を赧《あか》らめた。そのちょっとしたことに、偽わりのない愛の感情がよく現われていた。そういう素直なそぶりを見ると、キャラコさんの心に、むかしの友情が甦《よみがえ》ってきた
前へ
次へ
全33ページ中9ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
久生 十蘭 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング