そえないで残念ですけれど、すくなくとも、あなたを面白がらせるようなことは何もありませんのよ、キャラコさん。……あたしたちの仲間には、たとえば、小道具係りのように、すこしもむくいられない仕事を、喰うや喰わずで黙々《もくもく》とやっているひともあります。……つまり、自分が、小さいながら文化の進歩に何かの寄与をしているのだという自覚があるからこそなのですわ。……あなたや、悦二郎などのいる個人的な世界とはだいぶちがうのよ」
キャラコさんが、うっかり口を辷《すべ》らす。
「ちがっても、ちがわなくても関《かま》わないけど、そういう意味でなら、あたしにはあたしだけの自覚があるつもりよ。……あたしの自覚は、丈夫な子供を産んで、それを立派に育てることなの。これだって、ずいぶん地味な仕事じゃなくて?」
つまらないことをいったと思ったが、もう、取りかえしがつかない。果して、緋娑子さんが、えらい勢いではねかえした。
「女性がみな、あなたのように動物化していいなら、はじめっから文化なんか必要なかったわけね。あなたのようなものの考え方こそ文化の敵なのよ。女性全体の恥辱だわ」
だんだんむずかしくなりそうなので
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