して置きますけど、あたし、このごろ女学校時代の友達になど、ひとりも逢っていないの。悦二郎にも、中橋《なかばし》の家のひとたちにも……。だから、そのひとたちのことをあたしにおたずねになっても無駄よ。まるっきり、なにも知らないのですから。……あたしにとっては、女学校も、同級生も、少女期も、悦二郎も、なにもかも、みな(|しなびた花《フルウル・パッセ》)よ。……あたしには、現在、じぶんが没頭している世界以外に人生はないの」
緋娑子さんが、小さな劇団へはいってなにかやっているということは、噂にきいて知っていた。緋裟子さんが、自分がすっかり変わってしまったというのは、どうやら、その辺のことを指すらしい。いままでは、謎《なぞ》のようなことばかりで、すっかり戸迷《とまど》ったが、そうとわかると、すこし楽な気持になってきた。
(それくらいのことなら、なにも、こんなに大袈裟《おおげさ》にいわなくても……)
「そうそう、あなた、どこかの劇団にいらっしゃるんですってね、面白いことがあって?」
緋娑子さんの眼の中を、傷つけられた知識人の怒りといったようなものがチラと横切《よぎ》った。
「面白い?……ご期待に
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