の」
 急に堰《せき》が切れたようになって、緋裟子さんの言葉は美しい抑揚に乗って、とめどもなく流れ出す。
「……女学校時代のなまぬるい友情や感傷なんかは、人生にとって、たいして効用のあるものじゃありませんわ。現象的にいうと、ちょうど、麻疹《はしか》のようなものよ。どっちみち、いつまでも引きずりまわしているようなものじゃないわね。……お好きなら、あなたは、いつまでもそうしていらっしゃい。でも、あたしは、そういうおつきあいはごめんよ。タフさんなんて呼ぶのはよしてちょうだい」
 キャラコさんが、ぼんやりした声を、だす。
「ええ、よくわかりましたわ」
 機才に富んだ、ふだんのキャラコさんのようでもない。どうしたものか、きょうはまるっきり気勢があがらない。なにか、もっと気のきいたことをいいたいのだが、のっけからひどく圧倒されてしまったので、気怯《きおく》れがして、思うようなうまい言葉が舌について来ない。じぶんのいうことは、なにもかも平凡で、間がぬけていて、われながら気が滅入《めい》ってしまう。
 緋裟子さんは、つづけ打ちといった工合に、
「……うるさい思いをするのはいやだから、あらかじめお断わり
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