は、去年の暮れごろのことだったから、むかしといったって、まだ、半年そこそこにしかならないが、緋娑子さんの咏歎《えいたん》をきいていると、それが、『昔々、あるところに』の、あの『大昔』のようにきこえる。
 なにしろ、かさねがさねなので、キャラコさんは、すっかり度胆をぬかれてしまって、
「タフさん、あなた、去年の暮れに遊びにいらしたこと忘れていらっしゃるんじゃないこと?……ええ、そうよ、寝台も白膠木でもむかしのままよ。半年ぐらいでそんなに変わるわけもないでしょう」
「そうね、ちっとも変わらないわ。……あんたも、……この部屋も……」
 かすかに、軽蔑をこめた微笑を浮べながら、
「……結構ね、ほんとうに結構だわ。……でも、あたしのほうはすっかり変わってしまったのよ。……すくなくとも、タフさんなんてもんじゃないの」
 おどろいて、キャラコさんが、ききかえす。
「タフさんでなくて、じゃ、なんなの?」
 緋娑子さんは、やり切れないというふうに、露骨に眉をひそめて、
「あたし、緋裟子よ。……それも、まるっきり、あなたなんかご存知のない緋裟子なの。……だから、もう、タフさんなんて呼ばれるわけはないと思う
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