も、みな、あなたに逢いたがっているわ」
犬も馬も……。家じゅうのものがみな、というつもりだったのだ。
キャラコさんは、あわててやり直す。
「……ええと、家じゅうが、みなあなたに逢いたがっていますわ。……その後、悦二郎氏は、どうして?」
緋娑子さんは、子供でもあしらうように、微笑しながら軽くうなずくばかりで、キャラコさんの月並な挨拶などはてんで受けつけようともしない。美しい姿態《ポーズ》で椅子にかけて、ゆっくりと部屋の中を見廻している。
キャラコさんは、いよいよ浮かばれない気持になって、みっともなく舌をもつらせながら、
「ねえ、タフさん、悦二郎氏、……このごろ、また、忙しいのでしょう? よくお逢いになります?」
緋裟子さんは、返事をしない。そっぽを向いたまま、いやに語尾をはっきり響かせながら、つぶやくように、いうのである。
「……白い壁、……鉄の寝台、……窓の外の白膠木《ぬるで》……。なにもかも、むかしのままね。ちっとも変わらない。……ふしぎな気がする。……遠い遠いむかしにひき戻されたようで……」
どこか、翻訳劇のセリフの調子に似ている。
緋娑子さんが、この前に遊びに来たの
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