の、ヒットラー・ユーゲントの連中が持っていた、黒革の無骨な学生鞄《ブウフザック》を抱え、新劇の女優とでもいったような、たいへん、すっきりしたようすで立っている。
 陽ざかりの日向葵《ひまわり》の花のような、どこにも翳《かげ》のない明るい顔だちは、以前とすこしも変わらないが、いったい、どんなお化粧の仕方をするのか、唇などはいかにも自然な色に塗られ、頬はしっとりと落ちついた新鮮な小麦色をしている。頬に手をあてるだけの、そんな、ちょっとしたしぐさの中にも、相手の眼を見はらせずにはおかないような洗練された『表情』があった。
 キャラコさんは、呆気《あっけ》にとられてぼんやりながめていたが、急に気がついて、真っ赤になってしまう。
「ごめんなさい、タフさん。いつまでもそんなところへ立たせっぱなしで……。どうぞ、あがってちょうだい」
 へどもどしながら、じぶんの部屋へ案内して、窓ぎわの椅子にかけさせると、しばらくね、とか、ほんとうによく来てくれたわね、などと思いつくかぎりのお愛想を並べたてる。
 話の継穂《つぎほ》を探そうと夢中になりながら、
「それにしても、もう、どれくらいになるかしら。……犬も馬
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