》けつくように、ねがう。
(早く、誰か入って来てくれればいい)
 ところで、耳をすまして見ても、誰もこっちへやってくるらしい気配はない。庭にも母屋にも、人声ひとつきこえず、森閑とひそまりかえっている。このしずけさがキャラコさんの心を竦《すく》みあがらせる。とうとう、どたん場へ押しつめられてしまった。
 一人のキャラコさんが、さいそくする。
 ――早くやっつけろ、どっちみち、やらなければならないんだ。
 べつのキャラコさんが、こたえる。
 ――どういう動機で動いていいかわからないわ。
 ――動機もくそもあるもんか。ひと足《あし》踏み出しさえすれば、あとは自然にうまくゆく。
 キャラコさんは、渋々承知する。死んだ気になって、ひと足|書机《デスク》のほうへ踏み出す。案外、わけはない。
 一歩、二歩、三歩……。
 いわゆる、忍び足というやつで、猫のように、虫のように、そろりそろりと這ってゆく。
 ようやく、書机《デスク》に行きつく。
 キャラコさんが、元気のない声で、つぶやく。
「とうとう、やって来た」
 書机《デスク》は、すぐ眼の前に、手を伸ばせば届くところにある。
 ところで、それは書机《
前へ 次へ
全33ページ中27ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
久生 十蘭 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング