鳥籠や、雀の巣などが雑然と載《の》っている。その横に、ニスの剥《は》げた大きな書机《デスク》が、こちらへズラリと抽斗《ひきだし》の列を見せて、ゆったりと坐っている。
 一瞥しただけで、急に胸がドキドキしはじめる。克服してやろうと思って、せい一杯に息を吸いこむ。ところが、なかなか深呼吸ぐらいでは追いつかない。
(あたしは、いま、落ち着こうとしてるんだわ)
 そう思った瞬間、自分の沈着にたいする日ごろの自信がドッとばかりに崩れ落ちて、まるで復讐でもするように、胸のドキドキが一層ひどくなる
 ベートーヴェンの運命交響楽、『忍びよる運命の跫音《あしおと》』といった工合に、鼓動のチンパニが重苦しいリズムに乗って、急調《アレグロ》から急速調《ブレスト》に、弱音《ピアノ》から最強音《フォルテッシモ》へと発展する。
 心臓ばかりではない。ドキンドキンはいたるところにある。こめかみにも、手|頸《くび》にも、足の爪先にもある。身体じゅうのいたるところで、調子をそろえてドキンドキンとやる。
 なんであろうと、いよいよ決心しなければならない時が来た。キャラコさんは、額に皺をよせ、ギュッと唇を噛んで書机《デスク
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