然といり交ってここまで響いてくる。
キャラコさんは、物怯《ものおじ》したような顔で、広い座敷の真ん中にぽつねんと坐っている。靴下をへだてて藺草《いぐさ》の座布団の冷たさがひやりと膚に迫る。それがまた、なんとなく落ち着かない思いをさせる。
床《とこ》の間《ま》に、瓢斎《ひょうさい》の竹籠に※[#「插」でつくりの縦棒が下に突き抜けている、第4水準2−13−28]《い》けた黄色い夏《なつ》薔薇がある。
小さな声で、
「まあ、きれいだこと」
と、いって見る。
ところで、キャラコさんの本心は、綺麗だともなんとも思っているわけではない。視線はたしかに薔薇の上をうろついているが、心はただひとつのことばかり考えている。自分の手が書机《デスク》の抽斗《ひきだし》にかかる気の遠くなるような瞬間のことを。
ムズムズする感覚や、えたいの知れないこそばゆさが、背筋を這《は》い廻ったり、喉の奥を締めつけたりする。知らない野道で日が暮れたような、この広い世界でたったひとりぼっちになってしまったような、なんとも手頼《たより》ない気持である。途中の電車の中のような元気はどうしても湧いて来ない。
人間には、
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