正午《ひる》といえば、あなた、午食《ひる》はまだなんだろう? ……さて、なにを、ご馳走しようか。昨日《きのう》帰ったばかりだから、碌《ろく》なこともできまいけど……」
どう饗応《もてな》そうかと焦《あせ》るように、しきりに首をひねってから、
「そうそう、いいものがある。信州から風味なものが届いているから、あれをご馳走しよう。待っていてちょうだい、すぐだから」
キャラコさんは、閉口して、手を合わせんばかりに、
「おばさま、もう、どうぞ。……あたしなら、結構ですから」
「おや、生意気。……お辞退《じぎ》をすることを覚えたのかい。……まあ、ちょっと、待っていなさい」
そういって、身体をゆすりながら、小走りに勝手のほうへ行ってしまった。
キャラコさんの身近で、なにか、たいへんなことが始まりかけている。この邸《やしき》の中の空気がただならぬ動揺をはじめた。
この座敷は母堂の居間で、お勝手に近いので、忙《せわ》しく指図《さしず》をしている母堂の声や、それに答える女中たちの声、あわただしく走り廻る足音や、何か重いものをドスンと落す音、賑《にぎ》やかな笑い声やシュウ、シュウ水を流す音などが雑
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