…」
 そういって、その時のようすが見えるような真剣な顔つきをする。見ていられなくなって、キャラコさんは、思わず眼をつぶった。
(おばさま、ごめんなさい……)
 恥と、すまなさの感情で、もうすこしで、何もかも打ちあけてしまうところだった。
 でも、それでは、悦二郎氏が隠しておきたいことを犠牲にして、自分だけがいい児《こ》になる結果になると思いついて、危ないところで踏み止どまったが、良心のほうは、一向楽にならなかった。それどころか、これで、はっきりと共犯のかたちになり、いっそう、抜きさしのならない羽目に落ち込むことになった。
 キャラコさんは、うんざりする。すっかり参ってしまって、ものをいう元気もなくなった。ぼんやりと、こんなことをいって見る。
「悦二郎さんは、お留守?」
 母堂は、大袈裟にうなずいて、
「ああ、ああ、あれは、相変らずさ。……善福寺《ぜんぷくじ》の池へ珍らしい鳥が来たといって、けさ早くから井荻《いおぎ》へ出かけて行った。正午《ひる》までに帰るといっていたが、どうして、なかなか。……れいの通り、小鳥と遊びはじめて、時間なんて忘れてしまったんだろう」
 思いついたように、

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