なくなる。
留守でさえあってくれたら、多少、良心の呵責が軽くてすんだろうに、まるで舐《な》めずりたいというように、ニコニコとじぶんを眺めている慈愛深い母堂の眼に出逢うと、手も足も出ないような気持になる。
せめて、放って置いてでもくれたらと思うのに、あれこれと気を揉《も》んで、いっしょうけんめいに世話をやく。
「そうそう、首のとこなんかも、よく拭きなさい。……いっそ、服なんかひ※[#小書き片仮名ン、235−下−1]脱いでおしまいな」
「それじゃ、裸になってしまいますわ」
「裸になったっていいじゃないか。よその家じゃあるまいし」
何を思い出したか、急に膝を打って、
「そうそう、まだ、話さなかったね、そら、このお正月。……れいの遺産相続の騒ぎのとき。……あたしゃ、じぶんで玄関にがんばっていて、ひとりずつ新聞屋を追っ払ったんだよ。……もちろん、写真もあれば、居どころも知っているが、新聞などでワイワイ騒がれちゃあの娘の身上に瑕《きず》がつく。そうまでして、お前さんたちに義理だてするいんねんはない※[#小書き片仮名ン、235−下−12]だから、まごまごしないで、とッとと帰っておくれって、ね…
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