、なさびしい音をたてる。
 枕元の水瓶《フラスコ》を見ると、水がすこしもなくなっている。眼を覚まして水が欲しくなったらこまるだろうとおもって、ハンカチでそっとレエヌさんの額の汗を拭うと、水瓶《フラスコ》をもって階下《した》へ降りて行った。
 食堂を通りぬけて料理場のほうへ行こうとすると、そこの胡桃《くるみ》の食器棚の前に保羅がうつ伏せになって倒れている。
 おどろいて、顔の上にかがみ込んで見ると、酒気と濡れた羅紗《らしゃ》から発散する鋭い臭《にお》いとが交り合って、ツンと鼻を刺す。枕元にウイスキーの瓶がいくつもごろごろ転がっていた。
 昨夜《ゆうべ》、夜ふけちかく、自分が寝ている真下あたりで、机でも倒れたようなえらい音がしたのは、保羅が酔いつぶれて椅子からころげ落ちた音だった。
 鎧扉の隙間からくるぼんやりとした朝の光が、たるんだような保羅の横顔のうえにさしかける。頬に絨毯《じゅうたん》のあとをつけ、寒そうにヒクヒクと身体を顫《ふる》わせている。額に手をあてて見ると、これも、ひどい熱だった。
 キャラコさんは、水瓶《フラスコ》を持ってあがったついでに、羽根布団と枕をかかえてきて、そっと
前へ 次へ
全73ページ中65ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
久生 十蘭 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング