・ランプがチロチロと紫色の炎をあげている。
盆のはしのところに朝顔の花が一輪。その下に名刺がある。ひらがなで、「おねぼうさん」と、書いてある。アマンドさんの息子のピエールさんのいたずらだ。
ピエールさんはコロンビアの大学のヒュウ・ボートン先生の日本の講座に出ていて、ひらがなを書けるのが自慢なのである。
キャラコさんは、このくらいのことでは動じない。ゆっくりとお膳の上の景色を観賞してから、順々に片づけはじめる。
快遊船《ヨット》に乗ってから、自分でもびっくりするほどたくさんたべる。運動のせいばかりではあるまい、たしかにご馳走もおいしいようである。
寝台の頭の上で蝉鳴器《ブザ》が、ブウと鳴る。
クレエムを喰べながら、あいた片手でスイッチをあけると、きれいな澄んだ声が、小さな拡声器から流れ出してくる。イヴォンヌさんだ。
「キャラコさん、もう、おめざめ?」
「ええ、おめざめよ。いま、クレエム・フレェシュを片づけているところ。……ほら、きこえるでしょう。ピシャ、ピシャって……」
「ええ、きこえるわ。あまり、お上品な音じゃありませんわね。……それはそうと、あたし重大なご相談があるのよ」
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