元から薄っぺらな仏蘭西《フランス》語の本をとりあげると、肩ごしにキャラコさんの膝の上に投げてよこした。
Marcel Proust "La confession d'une jeune fille"(マルセル・プルウスト『少女の懺悔《ざんげ》文』)という標題がついていた。最初の頁《ページ》のはじめのところに、乱暴にグイグイと赤鉛筆で線がひいてある。
キャラコさんが、たどりたどり読んで見ると、さっきの手紙と同じ書き出しがあった。
[#ここから3字下げ]
……ようやく、解放の時が近づきつつあります。あたくしは、たぶん不器用にやったのです。引き金のひきかたが……
[#ここで字下げ終わり]
この最初の二行を使って、あとはいい加減に書きそえたものだった。
レエヌは、上眼づかいでジロジロとキャラコさんの顔を見上げていたが、唇のはしを妙なふうに歪《ゆが》めて、
「どう。感動した? ……と、すると、プルウスト氏にお礼をいっていいわけね」
キャラコさんは、しずかにレエヌさんの顔を見かえす。病気でながらく床についていたこの気の毒なひとは、小説を読んで、想像の中でさまざまに自分の境遇を変えて気晴
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