、ぐったりと側《わき》に垂れさがっていた。それでも、むかし、睡蓮《すいれん》の花のようだとよく思い思いした美しい俤《おもかげ》は、どこかにぼんやり残っていて、それだけに、いっそう、あわれ深かった。
 傲慢《ごうまん》で、矜持《ほこり》の高い、レエヌさんの、このやつれ切ったようすを見ると、キャラコさんは、すこしばかり心の底に残っていた怒りや軽蔑の感情をすっかり忘れてしまった。胸がいっぱいになって、走るようにそのそばによると、鼻がつまったような声で、
「礼奴《れいぬ》さん」
 と、ひくく呼んで見た。
 レエヌさんは、ゆっくりと眼をひらくと、子供のように顔じゅう眼ばかりにしてまじまじとキャラコさんの顔をながめていたが、なんともいえぬ奇妙な微笑をうかべると、
「ああ、とうとう、いらしたのね」
 と、つぶやくようにいった。
 キャラコさんは、心からの和解の手を差しのべながら、
「ええ、あたしよ。……でも、思ったよりお元気そうで、うれしいわ」
 レエヌさんは、
「ええ、どうも、ありがとう」
 うわの空でいって、嘲笑するような口調で、
「ねえ、キャラコさん、あんた、とうとうやって来たわね」
 と、も
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