ラコさんは、それをそっくり理解することはできないが、悲しみの深さだけはわかるような気がする。こまごまと思いやるよりも、あわれさのほうが先に立って、つい、ほろりとしてしまうのだった。
 卅分ほどののち、自動車は競馬場の柵のそばでとまった。夏草ばかり繁ったさびしいところで、右手の闇の中に、ポツリとひとつだけ灯《あかり》が見える。
 保羅は、キャラコさんのほうを向くと、ブッキラ棒な調子で、
「あれです」
 と、顎でそのほうを指した。
 斜面についた細い坂道をのぼってゆくと、行きとまりの小さな雑木林の中にその建物が建っていた。闇の空で、屋根の風見《かざみ》がカラカラと気ぜわしく鳴っていた。
 保羅が、門の前で大きな声で叫ぶと、すこし離れた別棟の小屋の戸があいて、提灯《ちょうちん》をさげた、六十ばかりの老爺《としより》がびっこをひきながら出て来て、ひどく大儀そうに門をあけた。漆にでもかぶれたらしく、顔いちめんを豆つぶのような腫物がおおっていた。
 玄関へ入ると広い内椽《ベランダ》で、そこからすぐ二階へあがれるようになっている。半開きになった右手は客間《サロン》らしく、扉《ドア》の隙間からそれらし
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