わえたまま、入口の扉《ドア》にもたれて立っていた。
 すこし大きすぎる服を無頓着に着、踏みつぶしたような鼠色のソフトを阿弥陀《あみだ》にかぶって、右手に碧《あお》い石のはいった大きな指輪をはめている。なにかゾッとするような野卑なところがあった。ぷんと酒臭い匂いがした。
「あたしに、なにか御用でしたの」
「そうです」
 唇も動かさずに、ぶっきら棒にいうと、帽子へちょっと手をやって無造作な挨拶をして、
「僕ア、礼奴《れえぬ》の兄の保羅《ぽうる》ってもんです。……じつア、ちょっとお願いしたいことがあって……」
 レエヌさんの兄さんの保羅……。そういえば、眼差しや眉のあたりが、美しいレエヌさんによく似ている。
(それにしても、あたしに用って、いったい、どんな事かしら……)
 キャラコさんは、愛想のいい調子で、たずねた。
「……それで、あたしに、どんな御用?」
 青年は、扉《ドア》に背をもたせたまま、
「レエヌが、死にかけて、あなたに、逢いたがっているんです」
 だいぶ酔っている。舌がもつれて、言葉のはしはしがよくききとれなかった。
「……ピエールと喧嘩をして快遊船《ヨット》を降りてから、身体を
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