なかった。
アマンドさんは、さすがに困ったような顔をしながら、
「ああ、せめて、そうでもいってくだされば、すこしは気持が楽になります。楽しくしていただこうと思ったのに、反対な結果になってしまいましたが、まあ、どうかゆるしてください。……レエヌは、けさくらいうちに快遊船《ヨット》を降りてゆきました。あれにはあれの考えがあるのでしょうから、しばらく、したいようにして見るのもいいだろう。あれは、たしかに一種の病人《マラード》なんだから、お腹《はら》もたったことでしょうが、かんべんしてやってください。……つまらぬ事ばかり多かったうちで、あなたのような優しいお嬢さんにお目にかかれたことが、こんどの航海の、ただひとつの楽しい出来事になりました」
聖画の中の聖人のような素朴な顔を笑みくずしながら、
「ねえ、キャラコさん、……このわたしが、……こんな白髪頭《しらがあたま》の老人が、お世辞をいうとは、まさかおかんがえにはならないでしょう。わたしは、ほんとうの気持を告解《コンフェッセ》しているんですよ」
そういって、温い大きな手で、キャラコさんの手をしっかりとにぎった。
いよいよランチが出るという
前へ
次へ
全73ページ中47ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
久生 十蘭 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング