しなさい」
「じゃ、ゆすぶってやるわ。……よいしょ、よいしょ。……はい、眼をさましました。……いますぐなの?」
「ええ、いま、すぐ。……これは、命令よ、早くなさい」
「できるだけ、あわてます。……ねえ、キャラコさん、あたし、もう、こんな快遊船《ヨット》なんかいたいと思わないわ。アマンドさんにわるいけど……。あのアンファン・テリイブルはどうしたかしら。本当に快遊船《ヨット》を降りるつもりでしょうか」
「こらこら、なにを、ぐずぐずいっている。早くしなさいったら!」
「へいへい。すぐやりますですから、あまり、お叱りくださいませんように……」
イヴォンヌさんのほうが片づいたので、ひとつずつ船室《サルーン》の扉《ドア》をたたいて、今まで親切にしてもらったひとたちに愛想よく別れの挨拶をして廻った。
「ほんとうに、楽しい思いをしましたわ。もう、二度とこんなことはできそうもありませんから、それだけに、なんだか名残り惜しいような気がします」
うるさい気持の葛藤や、昨夜のレエヌさんの仕打ちを思い出さないようにすれば、この二週間の快遊船《ヨット》の生活はたしかに楽しかったので、キャラコさんの挨拶は嘘では
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