んばかりじゃない。みんな、みんな、みんな、世界中の一人残らずが、みんな憎らしいんだ! どいつでもこいつでも、死ぬほど撲《ぶ》ってやりたい。……ぶってやる! ぶってやる!」
……いままで炎をあげていたレエヌさんの眼の中が、急に白くなったと思うと、のろのろと瞼《まぶた》を垂れ、くずれるように甲板に倒れて気を失ってしまった。
キャラコさんは、寝苦しい夜をあかした。夜あけごろ、半睡《はんすい》のぼんやりした夢の中で、レエヌさんにとった自分の態度を、後悔したり、肯定したり、組《く》んずほぐれつという工合にこねかえしていたが、あんな不当には負けていないほうが本当だという結論がついて、安心してぐっすりと眠ってしまった。
眼をさましたときは、もう八時半だった。あわてて飛び起きて身じまいをすると、電話で、イヴォンヌさんに宣言した。
「あたし、きょう、快遊船《ヨット》を降りるのよ。あなた、あたしのお伴《とも》なんだから、あなたも、まごまごしないで支度をなさい」
イヴォンヌさんが、電話の向うで、たまげたような声を、だす。
「降りるんですって? でも、あたし、まだねむっているのよ」
「ゆすぶって起こ
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