んかしていることはいらないんだ! ……なまじっか、普通のお嬢さんのように、幸福《しあわせ》になんかなろうと思ったばかりに、身につかない夜会服《ソアレ》なんかでしめつけられて、それこそ息のつまるような思いをしたよ。……ヘッ、有難かったね。……ナヨナヨと扇をつかいながら、|Bonjour Monsieur《ボンジュール・ムッシュウ》 か。……なんというお笑いぐさだ。……ああ、もうたくさん! そんな茶番《ちゃばん》はあたしの性に合わないの。……あたしは、あす、快遊船《ヨット》を降りて、淫売婦《いんばいふ》にでもなっちまう。そのほうが、結局、人間らしい生活というもんだわ」
 自分でも手に負えなくなった憤怒の情を、だれかに移してやろうというふうに、火のついたような殺気だった眼つきでまわりの一人一人をにらみ廻していたが、ピエールさんの顔の上へ眼をすえると、ツカツカとそのほうへ歩いて行って、
「ねえ、ピエールさん、あたしがこんな暴《あば》れかたをしたって、嫉妬《ジャルウ》だなんて思ってもらっては困るぜ。そんなんじゃないんだ。お前のことなんぞ、馬の尻尾だとも思っちゃいないんだ。……憎いのは、キャラコさ
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