った。
 けたたましいレエヌさんの叫び声をききつけて、何が起こったのかと思って、イヴォンヌさんやエステル夫人やベットオさんが、寝衣《ねまき》のままで甲板へ飛び出して来たが、人がちがったようなキャラコさんのきびしいようすにけおされて、そばへ寄ることもできない。船室《サルーン》の入口のところにかたまって手をたばねて傍観するほかはなかった。
 それから、五分ほどしてから、アマンドさんが甲板へあがってきた。
 ピエールさんからあらましのことを聞くと、大股にレエヌさんのそばまで歩いて行って、いつに変わらぬ寛容な声で、
「レエヌ、お前のほうが悪いのだからあやまりなさい。……キャラコさんは、たったひとことでいいといってるじゃないか」
 レエヌさんは、踊りでも踊っているかと思われるような調子はずれなはげしい身振りで、地団駄を踏みながら、
「だれが、だれが、だれが! だれがあやまってなんかやるもんか! 死んだってあやまらない! ……あたしは、子供のときから、こんなふうにばかりして生きて来たんです! ……どうせあたしは黄白混血児《ユウラジアン》さ! どっちみち、どちらの側からも好かれやしない。おとなしくな
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