気にいらなくてあんなすねたような事をするのだろう。あのちっぽけな頭の中に、どんな悪魔が巣を喰っているというんだ!」
 ピエールさんは、ありったけの憤懣《ふんまん》を吐き出すといった調子で、
「あんな手に負えない|しろもの《クレアチュウル》と、……失礼、乱暴な言葉をつかって、ごめんなさい。……あんな手に負えない娘とこれからずっと一緒にやって行くのだと思うと、考えただけで気がめいってしまいます。……私はあまり、感傷的だった。……父も、このごろ、遠廻しにそんな意味のことをいいます。たしかに、そうに違いない。私の向う見ずな同情は、生涯、私の後悔の種になることでしょう」
 見苦しいようすを見せまいとして、押しだすような微笑をうかべながら、
「……日本からヴァンクウヴァへやって来たのが、あなたのようなお嬢さんだったら、それこそ、どんなに有難かったか!」
 そういうと、眼に見えないくらい頬をあからめて、
「これは冗談です。どうか気になさらないでください。…人間というものは、取り乱すと、心にもないことを口走るものですからね。……ああ、よくしゃべくった。……風が冷たくなって来ましたね。もう、そろそろ、船
前へ 次へ
全73ページ中40ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
久生 十蘭 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング