すると、いったい、だれの罪なんです。少なくとも、われわれは、どんな小さなことでも、レエヌの幸福ばかりを考えてやってきたつもりです。正直なところ、私がレエヌと結婚しようと決心したのは、そうでもしたら、レエヌを、……あの、手のつけられない不良少女《アンファン・テリイブル》を正常《ノルマル》な性格にひき戻すことができるかと考えたからなんです」
と、いって、苦味のある微笑をうかべながら、
「ところが、当のレエヌは、婚約披露の晩餐の席で、突然立ちあがって、わけのわからない自作の詩の朗読をやり出す始末なんです」
「どんな詩だったのでしょう」
「いや、とるに足らない無意味《ナンセンス》なもんなんです。……なんでも、こんなふうでした。……(鴎《かもめ》、鴎、鴎に故郷はない。……陸《おか》も自分の故郷ではない、海も自分の故郷ではない。……今日もまた空の下の涯《は》てない漂泊……)……まあ、だいたい、こんな工合なものでした。……ところで、鴎が、いったい、どうしたというんだ。鴎とわれわれの婚約に何の関係があるというんです。……みなふき出すやらあっけにとられるやら、さんざんなていたらくでした。……ああ、何が
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