だから、今日は日本人、あすは仏蘭西《フランス》人というぐあいに、どちらの側にも都合がいいようにうまくやってのけました。おもしろがっているようにすら見えたくらいです。……とにかくどういう意味でも、われわれの家庭の中に、レエヌをいら立たせたり、自棄《やけ》にさせたりするような原因はなかったと思います。……ところで、レエヌが、おだやかにしていたのは、カナダへ着いた当座の、ほんの一月ぐらいだったでしょう。それが過ぎると、剛情で、野卑で、ひねくれて、陰険で、手に負えないようになってしまいました。むやみに金を費《つか》ったり、人に喰ってかかったり、下等なことをわめきちらしたり、……何の理由もなしに自殺しかかったことさえあるんです。むかし、酒場《バア》をやっていたころ、どんなくらしをしていたのか知りませんが、たしかに、そのころのひどい生活がレエヌの性格の中へ深く染み込んでいるのにちがいないのです」
何ともつかぬ切実な感情が、キャラコさんの心をしめつけた。
「もし、そうだとすると、それは、レエヌさんの罪ではありませんわ」
ピエールさんは、当惑したような眼つきでキャラコさんの眼を見かえしながら、
「
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