までつくるとは!」
「びっくりさせてお気の毒でしたわ」
「びっくりついでに、なにかひとつ朗読《レシテ》してきかせてください。……月もいいし……」
「でも、おしゃべりしながら詩をつくるってわけにはゆきませんわ」
「すると、つまり、私は詩作のお邪魔をしているってわけなんですね」
「ええ、まあ、そういったわけね。……それで、あなたのほうはどうなんです。身投げでもしにいらしたの?」
「身投げなら始末がいいが、私のやつは、こんなふうにのそのそ歩き廻らなければおさまらない病気なんです」
「夢遊病《ソムナビュリスム》ってわけなのね」
「たしかにそれに近いようですね。……つまり、心の悩み、ってやつなんです」
「おやおや、たいへんだ。じゃ、あたしなんかにかまわないで、どんどん悩んで、ちょうだい。ここで拝見していますわ」
「まあ、しかし、ちょっと|仲入り《アントラクト》ということにしましょう。お邪魔でなかったら、もうしばらく、ここへ掛けさせておいてください」
「ちっともかまいませんわ。どうぞ、およろしいだけ。……あたしは、あたしのことをしますから」
 ピエールさんが、煙草に火をつける。男にしては、すこしや
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