うことにしよう。……イヴォンヌさんや山田氏のほうは、あまり閉口させなくともすむように、なんとかうまくやれそうだわ」
甲板《ウエル》の遠いはしのほうで、人の足音がする。
振りかえって見ると、ピエールさんだった。寝巻《ピジャマ》の上へ大きなトレンチコートを着て煙草を喫いながらゆっくりとこっちへやってくる。煙草の火が海風に吹かれて線香花火のように散る。
ピエールさんは、すこし離れたところで立ちどまって、ジッとこちらをながめていたが、びっくりしたような声で、
「キャラコさんですね?」
と、いった。
キャラコさんが、笑いだす。
「ええ、あたくし。……人魚じゃなくてよ」
ピエールさんが、微笑しながら近づいてくる。
「人魚でなくてしあわせでしたよ。もし、人魚だったら、ベットオ先生につかまって遠慮なしに解剖されてしまうでしょう。……それにしても、どうして今ごろこんなところにいらっしゃるんです。珍らしいこってすね」
「あたしが詩人だってことをご存知なかったのね? ピエールさん」
ピエールさんは、おおげさに驚いたという身振りをして、
「詩人! ……おお、それは存じませんでした。射撃の名人が詩
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