前がいるから、それで、こんな騒ぎが起きるんだ、というような眼つきで、ジロリとキャラコさんの顔をながめてから、
「わしは、こんな騒ぎはまッぴらだ。……このへんでそろそろ退却しよう」
 と、大きな声でいうと、不機嫌そうに肩をゆすりながら、酒場《バア》のほうへ行ってしまった。
 一座の気分は、これですっかりしらけてしまった。アマンドさんだけは、てんで気にも止めていないらしい。新聞を下に置くと、ニコニコ笑いながら、眼鏡越しに一座をながめわたして、
「さあ、もう嵐はおさまった。かまわないから続けなさい。海の上の鴎《かもめ》というものは、いつまでも嵐のことなんぞ気にやんでいないものだ」

     五
 キャラコさんは、船室へ帰ると、すぐ寝床《ベッド》へはいったが、なかなか眠れない。
 快遊船《ヨット》から降りさえすれば、レエヌさんと無意味な対立などをしなくともすむし、エステル夫人やベットオさんのうるさい気持の反射なども感じなくともすむ。じぶんのほうはそれでいいが、そのために多少とも迷惑をこうむるひとたちのことをかんがえると、じぶんの感情にばかりまかせて簡単に行動するわけにはゆかない。
(そんなこ
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